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JCS見てきた

ジーザス・クライスト=スーパースターのジャポネスク版を見てきました。
面白かったです。

初めてこの作品を歴史劇として見た。
たぶん、ジーザスが実務能力が高そうに見えたこととか、周囲の誰に対しても、あまり個人的な感情を抱いていなさそうに見えたからなんだろうけど。
司祭たちを中心とする一派と、ジーザスをリーダーとする一派の勢力争いと、さらにその中の、ユダを中心とする一派と、マリアやペテロを含む(と、まとめてしまっていいのかは微妙だけど)一派との対立と。
ユダの一派は、自分たちこそがジーザスの意図を正しく理解しているのだという(知識階級ゆえの?)自負と、少数派であることの焦りとで、強攻策を取ったはいいものの裏目にでてしまった。
何となくそういう構図だと感じた。
そして、ジーザスはユダ派からもマリア・ペテロ派からも、司祭たちの思惑からも、さらに言うなら自派の思惑からも距離を置いて、そのすべてをじっと眺めているようだった。
まるで自分の死どころか、その先のことも見通しているみたいに。

ただ、逆にジーザスに迷いが見えなさすぎて違和感を感じたところもあった。
最後の晩餐〜ゲッセマネ〜逮捕、のあたりだとか、死の直前だとかの感情の動きが分からないというか。
何かの目的か理想かを持っているようにも見えるんだけど、それと神の意志に従うこととのあいだに、自分の中でどういう折り合いをつけたのか。

最後の晩餐の、「哀れな人よ理想は今あなたのために消えていく」からのユダの言葉は、ジーザスが自分の理想を叶えてくれないことに対する苛立ちと失望なのかな、と思った。
たぶんこのユダ(の一派)は、頭が切れて策を弄することを知っている分、他の素朴な考えしか持たない使徒だとかからは浮き気味で敬遠されているんだけど、ほんとうはかなり明確な理想(たぶん理想の社会?国?を作ること、かな)を持っていて、それを実現するためなら手段を問わないと思っているだけなんだろうな。
で、ジーザスにはその理想を実現する力があって、しかも同じ目的を持っているように見えたので、その思想に共鳴した。
それが実際には、自分たちの理想のために行動してくれなかったので失望する。
教団の頭脳だと自負していたにも関わらず、ジーザスに信任されない、自分たちの働きに報いてくれない、という思いもあったかもしれない。
たとえば他の使徒たちみたいに、何かすごい人だからついて行こう、そのついでにもしかしたら自分もちょっとは世に認められるかもしれないし、というぐらいの単純な考えでついて来たものなら、失望してもただ離れるだけなんだろうけど。
明確な意志があった分、失望がジーザスに対する怒りに変わったのかな、と。
それでも司祭たちに居場所を売ったのは、あくまでも荒療治であって、まだ諦めてはいないようだし、結局最後の最後まで、ほんとうにジーザスを裏切ることはなかったのかもしれないけど。
彼らにとっては、ジーザスの行動、というよりむしろ行動しないことは、もどかしくて理解できないことだったのかな。
頭は切れても、ジーザスと同じだけのヴィジョンを持つことはできなかった彼らにとって。

まあ、反対にジーザスからしてみれば、他の使徒たちだけでなくユダ一派も、それはそれで「私の心を知ってはいない」と感じていたんだろうけど。
だからこそ、よけいな詮索をしないでそばに寄りそうマリアに「他の誰より」自分の心を知っていると言ったのかな。
だとして、じゃあ何故ジーザスは自分の考えを語ろうとしなかったのかな、とも思ってみたり。

ジーザスの感情がよく分からないのもだけど、今回のような解釈で見ると、ユダはもっと狡くていいし、マリアはもっと愚かで(その分だけ純粋で美しくて)いいし、民衆はもっと醜くていいとは感じた。
いやまあ、私の解釈が役者さんの向かう方向と同じなのか、何とも言えないからあれですが。
そのへんちょっと物足りないというか、消化不良のところがあるので、少し間をあけてもう一度見てみたいなあ。
やっぱりアンコール公演行こうかな…。

そうそう、下村ヘロデと村ピラトは、さすが安心の存在感でしたね。
村ピラトは、最初に柳瀬ジーザスで見たときには情の人と感じたのが、今回見て理の人と感じて、それがちょっと意外でした。
情がないという意味ではないけど、行動の基準としては、「罪もない男」だから罰するべきではない、という。
下村ヘロデは、何というか自分の中で完璧に近すぎて、逆に言うべき言葉がないです。
もうほんとに、この人以上のヘロデは出てこないんじゃないの。
今回久しぶりに(しかも見たことなかったジャポネスクの方を)見られて嬉しかったです。
ところで、下村ヘロデの太股はエルサレムでもジャポネスクでもアピールするべきポイントなんですね。
いいぞもっとやれ、ってこういうときに使うのか、と理解した(笑)

戯伝写楽感想

昨日の、戯伝写楽の感想。
長いうえに、一部ネタバレありですので注意。

なかなか面白かったです。
話が転がりだすまでがちょっとだれるのと、演出がもう少し切れ味が鋭いと良いな、というのはあったけど。
下手すると重くなり過ぎそうな話を、上手くミュージカルであることで相殺させてたなあ、と。
書く(描く)ことの業、というのはそういえば「阿修羅城の瞳」での南北でも書いてたよね、中島さん。
中島さんの中で、引っかかってるテーマなのかな。

音楽が、あんまりミュージカルミュージカルしてない感じだったのが、なんか新鮮で面白かったです。
そういえば、見ながら何か物足りない気がするんだけど…、と思ってたんだけど。
どうも、音量が足りないと思ってたらしいことに気付きました…(笑)
自分、新感線に慣れすぎです。

キャストというか役の感想。
・十郎兵衛(橋本さとし)
何か、開けっぴろげでまっすぐに見えて、実はものすごく屈折してる感じが良いなあ。
この人は、いったい何に鬱屈してたのかな?
自分の境遇に飽いている?
レールを外れなければ食うには困らない、そのこと自体がいやなんだろうか。
いっそ、貧乏な下級侍とか町人とかに生まれてた方が、この人はもっと楽だったんじゃないかな。
でもきっと、おせいに関わったことで、何かが変わりはしたんだろうなあ。
むしろ、あれだけの鬱屈を腹の中にたたみ込んで、それでもなんでもないように舞台に立つなら、きっと良い舞を舞えるんじゃないかと思う。
まあ、現実的な話をすれば、あんな背の高い能役者ってどうなんだ、とか思うけど(笑)
・おせい(大和悠河)
天真爛漫に怖い人だね…(笑)
まさに、天才と何とかは紙一重ってやつなんだろうけど。
「MOZART!」のヴォルフもそうだけど、才能ってのは決して持ち主を幸せにはしないんだろうね。
先に待つのが破滅と分かっていてさえ、すすんでそれを選んでしまうという意味で。
でも、最後に、十郎兵衛の存在も大きかっただろうとは言え、戻ってこれて良かったなあ、と。
・与七(東山義久)
この方、こういう硬軟使い分ける役もできるのですねー。
笑い担当の東山さんって、何か新鮮だ…(笑)
カーテンコールで、ようやく踊れるという感じで、楽しそうに踊っていた姿がかわいかったです。
・鉄蔵(葛山信吾)
おせいに未練たっぷりで、ぐずぐずなダメっぷりが良いなあ(ほめてます)
ところで彼は、あの時止められてなかったら、本当におせいの目をつぶしたんだろうか。
というか、つぶせたんだろうか。
何となく彼には無理だった気もするんだけど…、ああでも、おせいを心底怖いと思った、あの瞬間ならできたのかな。
きっとそうなってたら、二度と絵を描くことはできなかっただろうけど。
彼がふっきるきっかけになったのはむしろ、十郎兵衛の覚悟だよね、たぶん。
・浮雲(ソニン)
この人もすごい上手い人だよね。
女の人の、強いところも弱いところも全部抱え込んだみたいな、そういう役ですごく良かったなあ。
希望を持つには諦めすぎてた、そういう哀しさみたいなのがよく出てたかと。
・大田南畝(岸祐二)
この人物もよく分からない人だなあ。
何だろう、鉄蔵と同じで、自分のやるべきことを見失ってる人なのかな。
だから人の話に首を突っ込んで、気を紛らわすしかないのかしら。
この人は最後に何かを見つけられたのかな。
・喜多川歌麿(小西遼生)
なんというか、何に対しても正面からは向き合わない感じの人物だよね。
しかも自分でそれをよく分かってる。
顔がきれいだから、よけいに冷たい印象で。
この人はおせいの絵をどう思ったんだろうね。
悔しかったのかな。
それとも、そういう思いさえしりぞけるんだろうか。
・蔦屋重三郎(山路和弘)
悪どさと愛嬌と凄みを同居させた、不思議な人物。
多くの才能を引き受ける器を持つ版元ってのは、そのぐらいの人物でないと駄目なんだろうか。
まあ実際、いちばん「大人」でいちばん覚悟のある人物ではあるかな。
「世の中で」生きていく覚悟がね。
そういえば、「アンナ・カレーニナ」とか「マリー・アントワネット」のときも思ったんだけど、この人の歌い方好きだなあ。
歌だけじゃなくて、普通に台詞言う言い方とか演技とかもなんだけど。
何か、腹が据わっているというかそういう感じで、かっこいいなあと。
まあ、オヤジスキーですので(笑)
そうそう、踊ってる山路さんが非常にかわいくてですね。
何かすごい楽しそうだったなあ(笑)
普段やらないことができるのが楽しいんだろうか。
・鶴屋喜右衛門(コング桑田)
十郎兵衛に浮雲を描かせてるときに延々しゃべってるのが良い感じです。
あれってやっぱり日替わりだったりするんだろうか。
蔦屋とは対照的に、あくまでも金儲けでしかない軽薄さがよく出てて良かったです。

そういえば、カーテンコールでさとしさんに無茶振りされてうろたえまくっている葛山さんがかわいかったです。
というか岸さん、楽しそうに刀貸さなくてもさ…(笑)
なんか、男性陣がみんな仲良さそうで、見ててほほえましかったです。

メモ

最近、久しく能を見に行ってないなー、ということで、ちょっと近いうちに見に行けそうなのを探してみた。

4月11日(日) 名古屋観世会定式能
能「田村」「山姥」
春らしい曲ということで田村なのかな。
どっちも好きな曲なので、ちょっと見に行きたいなー。
当日券6000円か…。
梅若玄祥さんってどなた…?、と思ったら、梅若六郎さんが襲名されて名前変えられてたんですね。
うわー、それ知ったら余計見たいな。

5月1日(日) 豊田能楽堂五月能
能「半蔀」
これも気になる。
半蔀ってまだ見たことはないんだけど。
友枝昭世さんだし。
でも、正直言って別に朗読はいらない…。

メモ

友人のところにも上がってたけど。

蜉蝣峠のゲキシネ。
http://www.kageroutouge.com/

ミッドランドは2月13日から。
…このあいだ出かけたときに前売り買ってくればよかった。
ファミマかどっかで取るかー。

メモ

戯伝写楽
これ気になる。
中島さん脚本だし。
でも、プレオーダーで取ってはずれだったらショックだしなー。
かといって、感想出るまで待って、そのあとで3公演しかない大阪を取れるかどうかも微妙なんだよね…。
悩むー。

そして、ついでに見つけたこっちも気になる。
がーまるちょば
ようつべさんでは見てたけど、一回生で見てみたいと思ってたんだよね。
こっちは名古屋公演あるんだなー。
誰か一緒に行ってくれる人いないかしら。

乱能

乱能を見て来ました。
普段、能というのは役が決まっていて、たとえばシテ方がワキをやる、というような事はないのですが、乱能はそれをシャッフルしてしまおうという企画。
昔はお稽古だったらしいですが、今はほとんどお遊びだったり。

感想。
箇条書きで。
先生のお名前の後ろの()内は、本来の役です。

鶴亀
・高安先生(ワキ方)の鶴、美人さんだよ…(笑)でもやっぱり、普段面を付け慣れてない、ワキ方の先生方で合舞というのは無茶だよね。合ってないのもだけど、ぶつかりそうでハラハラしたよ。
・お囃子は愉快なぐらいに音が出てなかった。特に笛と小鼓。小鼓とかぺちぺちいってたもんね。
・地謡の方が、クリスマスの三角帽とかサンタの帽子とかかぶってました。トナカイの角とか。でも、孝一郎先生(小鼓方)まで参加されるとは思わなかったよ…。
・最初に作り物を持ってきたとき、どうも上手く落ち着かないようで、何回でも布を巻き直したり、苦労してました。終わったときには拍手が。

末広
・最初の名乗りの部分で、梅田邦久先生(シテ方)が乱能の説明をされてました。…この方、こんな面白い方だったのね…。今まで舞台でしか見た事なかったから、知らなかったよ。
・台詞は、やっぱり長いし、完璧には覚えられなかったようで、台本を持った後見から、声が飛んでました。

田村 居囃子
・謡は柳原先生(小鼓方)の声しか聞こえなかったですよ。居囃子って初めて見たけど、こういうのなのね。

胡蝶 舞囃子
・お囃子は今回の中では、いちばん良かったんじゃないかと。でも、舞を知ってるやつは、見ててちょっとハラハラするね…。

海士
・シテ、ワキ、アイは、かなり上手かったですよ。特に後ジテの柳原先生、お上手です。それに、常々思ってたけど、ホントに良いお声だよねー。
・ワキ方の勘鴎先生(シテ方)、小ネタ仕込みまくりでしたね…。「おことは河村眞之介にてあるか」って…。ご祝儀も撒くし。謡は普通にお上手なのですが。
・アイの鬼頭尚久さん(太鼓方)も、台詞はお上手でしたが、この方もなかなか良いキャラクターしてますね。「先輩方は伸び伸びと遊んでいらっしゃる」とか「ご静聴ありがとうごさいました」とか。

鞍馬天狗 舞囃子
・シテの友彦先生、けっこうお上手でした。狂言方の先生なので、何だか不思議な味があって。

梟山伏
・台詞忘れまくりだったり、なかなか楽しかったですよ。病人、袖の陰で笑ってるし。山伏の方、お名前存じあげなかったのですが、なかなかお茶目な方ですね。

附子
・実はこの間、お茶を飲みに行ってたので、ラストしか見てないのですが、壺と茶碗を割られた主人の反応が何かちょっと面白かった。

石橋 半能
・獅子が4匹出る、豪華バージョンだったのですが、舞は合ってるような合ってないような(笑)誰かさんとか、後ろの獅子を蹴っ飛ばしたりしてたし、けっこうみんな好きにやってたよね…。台の前に、カエルとかヒヨコとかの人形並べたり。まあでも、派手で華やかな演目なので、見てて楽しいですよー。
・獅子が退場するときに、むやみと豪快にドンと音をたてて台から降りて、帰って行ったのですが。最後に小鼓をやっていた勘鴎先生までが、ドンと音をたててから帰って行かれました。ひとりで最後に美味しいとこもってくなあ(笑)


乱能って、ホントにマニアックな企画だよなー、と思いますが、楽しかったです。
先生方は大変そうだけど。
でも、こうやってまた、数年に一回ぐらいやってもらえないかなあ(笑)

エレンディラ

見てきました。
面白いことは面白かったけど、大変だった…。
長さも長さだけど、最後見終わってもすっきりするとかないので、その辺がけっこうキツかったなー。

感想と、考えた事。箇条書きですが。

・南米特有のリアリティを、日本人が再現するのは難しいのでは。身体性とか精神性とか、少なくとも今の日本人の中にはないよね。
・語り手があんなにたくさんいることの意味は。
・手を下したのが本当はエレンディラなのだとしたら、ウリセスはどこまでが本当だったのか。そもそも、本当に彼は存在したのか。
・ガルシア=マルケスは、印象でだけど、血とか家系とかを書く作家、という感じがあるのだけど。エレンディラがどんどんおばあさんに似ていく(言動とか)ところとか、年を取った後のシーンとか、そういう意味なのだろうか。受け継いでいくものとか。
・ストーリーにいまいち起伏がなく、掴みどころがないのは、意図的なもの?
・白クジャクとフクロウの象徴するものは何か。
・不吉だといって追い払われた兵士。あの人はいったい何者なのか。ウリセスが逃亡中に見たのも同じ人?(役者は同じだったようだけど…)
・結局写真屋は、あの撃たれたときに死ななかったの?それとも、おばあさんのいうように亡霊だったのか。というか、ラストにいたよね、あの人?エレンディラとウリセスを出会わせるのは、いつもあの人ということなんだろうか、とは思うけど。生身ってのは、年齢的にあり得るかな…?
・アマディス親子のアレは、どういう意味なのか。ちゃんと死ねなかった、とか言ってた気がするけど、そういうことなのかな。それとも、最後小屋のシーンにもあったし、血からは逃れられないとか、そういうこと?そういえば、この話では、何もかもが物語を語りだすのね。墓石でさえ。

いろいろ疑問はあるのですが、ぐるぐるする取っ掛かりさえなくて、なんだか見終わった今でさえ、掴みどころのない感じ。
脚本との相性の問題だろうか。
好きなんだけど、いまいち入り込めないのだよね。
…諦めて原作読むかなー。

名古屋能楽堂定例公演

初秋能の第一部を見てきました。

能「頼政」
この方の舞が好きなのです。
これも、前シテの老翁が自分が頼政の霊だと明かすあたり、すっと扇で横に薙ぐような仕草をするところで、それだけで空気が変わって、はっとした。
後ジテの舞も良かった。
鬘桶に座ったまま舞うあたりが好きだなー。
あと、後ジテの出立が好きだと思った。
もともと、修羅物とかで、法被を鎧に見立てて、肩脱ぎにして着付けるのが何か好きなのですよね。
かっこいいよね、あれ。

つい最近、平家物語を読んだばかりなので、自分的にはタイムリーな演目。
謡でも、そうそう、そんなエピソードあったよね、とか思いながら聞いてた。

狂言「千切木」
え、あれで終わらせちゃって良いの…?
あれ以上やらせても無駄だと、諦めたって事なのだろうか。
だとしたら、結局最強なのは奥さんて事になるんじゃ…。
というか、私はてっきり、最終的に奥さんが実力行使に出るものとばかり(笑)

能「紅葉狩 鬼揃」
紅葉狩は好きなので良いのですが、またもや鬼揃。
小書なしのも見たいなあ。
でも、鬼揃は派手で良いですよね。
後ツレであれだけ出てくると、壮観。

おシテさんは、強いものがお得意な方なのでしょうか?
後ジテが派手で、なかなか良い感じでした。
高安先生のワキも、落ち着いていて風格があって好きだなー。

岩村城址薪能

ここ数年、毎年行ってますが、今年も行ってきました。
今年は、能「羽衣」「天鼓」狂言「魚説教」でした。

簡単に感想。
「羽衣」
…ごめんなさい、火の粉に気を取られて、あんまり記憶ないです…。
篝火のすぐそばに座ったせいで、火の粉とか煙とか、なかなか大変でした。
そっちに意識が行ってたので、いまいち舞台の方を見てませんでした。

「魚説教」
とっさにあれだけでまかせ言えるなら、いっそあっぱれだと思うんだけど…(笑)
いや、やられたらたぶん腹立つけどさ。
あと、説教をしてくれと言われたときの顔がツボ。
ああいうなんでもない表情とか、仕草とか上手いですよね。

「天鼓」
見てみたかった演目だったし、面白かったです。
仕舞部分の謡が好きなのです。
月や星、それから水辺ということで、それにちなんだ言葉を織り込んだ雰囲気のある謡で。
なかなか調子が良くて、自分で謡っていても楽しいのですが。
見ていて、星や水辺の風景が見えるようでした。
そういえば、舞は何なんだろうと思いながら見ていたのですが、これ楽なのですね。
そうかー、これが楽なのね、初めて見たよ。

外とは言え雲が多くて、星は見えなかったのですが、これで本当に星とか見えてたら、すごく雰囲気あっただろうね。

TOMMY

つづいてTOMMY。

近すぎず遠すぎず、見やすい良い席でした。
通路側だったし。
でも、席が近かったからか、大音量に頭がくらくらしました(苦笑)
カーテンコールとか、終わったころには耳が痛かったよ。

・ちょっと分かりにくい作品だな、というのが正直な感想。
ストーリ自体は分かりやすいと思うし、説明が足りないとかそういう事もないんだけど。
重層的で、単純にストーリーを追うだけでは、根っこのところまで届かない感じ。
何かがまだ奥にあるのは分かるんだけど、そこへ行く道が分からないというか。
パンフでいのうえさんが言っていた「分からなさ」というのはこの事なのかな。
聖書の暗喩と60年代カルチャーがキーワードかなあ、とは思うんだけど。

・LED(だよね?)のスクリーンを多用する演出。
いのうえさん最近そういうの好きなの?(笑)
正直、「舞台」としてあんまり映像に頼りすぎるのはどうなんだろうという思いも。
まあ、あの情報量を台詞以外の方法で説明しようと思ったら、あれがいちばん効率が良いのは分かるけど。
そして、説明を「絵」で済ませることや、セットそのものもあのスクリーンに一部頼っていることで、スムーズでテンポの良いものになってたのも事実で。
ナンバー自体のスピード感やテンポを生かすには有効だったのでは。
いのうえさん自身が、新しい方法として実験をしている最中なのかなあ、とも思ったり。
そうそう、視覚表現としての歌詞や、トミーの心的世界の表現なんかは面白かった。
両親が「トミー、聞こえる?」というたびに、あの瞬間と同じ映像が現れるというのは、耳が聞こえてないのではなく、その後の過程のどこかで拒否をしているという事なのかな、とか。

・ラストはずいぶん唐突に思えたんだけど?
カルトを選ばない意志と言いたいのかな、とも考えたけど、だとしたらずいぶん安直で、いっそアメリカ的な単純明快さでは?

・カーテンコールはまるでライブのようでした。
普通に挨拶があった後、ROLLYさんとソムン・タクさんメインで1曲。
次に中川さんメインで1曲。
客席のテンションも高くて、ホントにライブみたい。
こういうのも楽しくて良いね。
ROLLYさんのギターと、ソムン・タクさんのヴォーカルのアドリブ合戦とかかっこ良かった。
ソムン・タクさん、初めてお名前聞いたのですが、めちゃくちゃ歌かっこ良いですねー。
こういう歌い方好みです。
あと、子役の子が跳ね回ってたのがかわいかった(笑)


すごく好き、とは言えない感じですが、面白かった。
背景とか調べてみると、また印象が変わるのかな。
とりあえず、機会があったら映画版を見てみようと思います。


終演後、ホテルに行くのに、駅からの道で力いっぱい迷う。
何年も前とは言え、1回行ってるホテルなんだけどなあ。
エリザの前には、大阪駅でATM探して30分近く放浪したし、今日はそういう日なの?


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